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東京地方裁判所 平成5年(ワ)13529号 判決 1994年4月26日

主文

一  被告は、原告に対し、金一二六八万円及びこれに対する平成五年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠略》によれば、原告が本件小切手を紛失したことが認められ、請求原因3のその余の事実は当事者間に争いがない。

三1  本件の争点は、原告からされた昭和六〇年八月二八日の本件供託金の払渡請求に対し、払渡認可がされ、本件小切手が交付されたことによつて本件供託金の払渡請求権が消滅しているか否かである。

2  被告は、供託金の払渡手続については、供託規則(昭和三四年法務省令二号)二八条一項で「供託官は、供託金の払渡の請求を理由があると認めるときは、供託物払渡請求書に払渡を認可する旨を記載して押印し、請求者をして当該請求書に受領を証させ、大蔵大臣の定める保管金の払戻に関する規定にしたがい小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定されており、大蔵大臣の定める保管金の払戻しに関する規定である保管金払込事務等取扱規定(昭和二六年大蔵省令第三〇号)八条一項では「取扱官庁は、保管金の払いもどしをしようとするときは、記名式持参人払の小切手を振り出さなければならない。」と規定されており、供託金払渡請求権は小切手の交付により消滅するのであつて、右小切手の振出は、供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対する支払に代えて交付するものであるから、右小切手の振出により供託金払渡請求権は消滅し、供託関係は消滅すると主張し、「小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定されている趣旨は、供託事務が大量で、しかも、確実な処理を要する関係上、法律秩序の維持、安定を期するという公益上の目的によるものであつて、供託官が振り出す小切手は、日本銀行を支払人とするものであり支払が確実であると主張する。

3  供託金払渡請求に対して供託官が小切手を振り出さなければならないことから、直ちに右小切手の振出が供託金払渡請求権に基づく「支払に代えて」交付するものであると解することはできない。

供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対して小切手を振り出すことが支払に代えて交付するものであるとすれば、右小切手の交付は代物弁済と認められるところ、現金の支払の代わりに小切手を交付することは、一般に代物弁済が債権者に不利であることから支払に代えて交付するものではなく支払のために交付されるものと推認され、また、代物弁済が成立するためには当事者の意思の合致が必要である。

供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対する本件小切手の交付は、供託金払渡請求権者の意思にかかわらず行われるものであること、本件小切手は、日本銀行を支払人とするものであり支払が確実であるけれども、小切手上の権利は一年で時効により消滅し、あとは利得償還請求権があるのみであり、それも五年の経過により時効によつて消滅すると解されるものであり、供託金払渡請求権が一〇年間で消滅時効にかかることに比べ不利益な面が存在すること、「小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定されている趣旨が、供託事務が大量で、しかも、確実な処理を要する関係上、法律秩序の維持、安定を期するという公益上の目的によるものであつても、そのことによつて供託金払渡請求権者に不利な代物弁済であると解さなければならないものではなく、右趣旨から支払方法として小切手の交付という方法を採用したにすぎないとも解されること等を考慮すると被告主張のように、本件小切手の交付が代物弁済であると解することはできず、支払のために交付されたものと解される。

また、本件小切手の交付が代物弁済であると解すると、供託事務取扱手続準則八九条一項が供託金等の誤払過渡の場合の返納を規定していること等が説明できず、右説明のために供託の場合には本来の代物弁済とは異なる意味で「支払に代えて」小切手が交付されるものであると解さなければならない必要性も認められない。

弁済供託と執行供託の各払渡請求における小切手の交付の意味について異なつた解釈をしなければならないとは解されない。

4  したがつて、被告の前記2の主張は採用できず、本件小切手の交付は本件供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対する支払のために交付されたものと認められる。

四  原告は、昭和六〇年八月二八日金一二六八万円の小切手の交付を受けたものであり、右小切手により原告が交付を受ける金員は右金額のみであること、原告は右小切手の交付を受けた後、小切手を紛失し、本件供託金払渡請求権を行使したのは、平成五年六月一八日であるから、被告が本件供託金払渡請求権に応じないことによつて支払遅滞に陥るのは右請求日後である。よつて、原告が遅延損害金を請求できるのは平成五年六月一九日からであるから、それ以前の遅延損害金の請求は理由がない。

五  以上によれば、原告の請求は主文第一項の範囲で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言についてはその必要がないものと認め付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 天野登喜治)

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